そのロボットは、いちばん簡単なつくりをしていたから、
みんなから“ハコ”とよばれていた。
「ハコ、君にはかっこいいメーターはついてないんだね」
「おれのこの自慢のレンズの良さも、おまえにはわからねぇだろうなぁ」
あの子がお父さんからもらった年上のロボットたちは、
ハコをよくからかった。
「うん、ふたりとも、かっこいいよ。ぼくには、メーターも、レンズも、ついてないけど・・・。」
でもハコはさみしくなかった。
それは、あの子がハコのことを大切にしてくれていることを知っていたから。
あの子がはじめて自分が貯めたお金で買った。ハコもはじめて友達ができた。
そんなさいしょ同士のふたりだったから。
でもあの子は、最近めっきりハコたちと遊ばなくなった。
あの子は、ハコたちをそっと箱の中にしまった。
「・・・ボク、知ってるよ。
さいきん君は、無理して笑ってる。」
それでもハコは待っていた。
きっとすぐに箱を開けて、ボクたちと遊んでくれる。
そう信じて、待っていた。
それからあっという間に、1日が、1ヶ月が、1年が、すぎた。
ハコは毎日待っていた。
一日もあの子のことを考えないことはなかった。
「ハコ、もう忘れろよ。あの子は大人になったんだよ。
オレたちと遊ぶことも、もうないんだ」
でも、ハコは納得いかなかった。
それは、あの子がこっそり泣いていることを知っているから。
ハコは、どうにかして、あの子の笑顔を
もういちどだけみたいと思った。
それからハコは、
自分たちのいるおもちゃ箱の中に
ビーズをしいて、ミニチュアのお皿とコーヒーカップを用意して、
カラフルな飾りを壁につけて、準備にとりかかった。
「ハコ、なにやってるんだよ。」
「パーティーをひらくんだよ。あの子を誘って、みんなで踊って、
とびきりたのしいパーティーをひらくんだ。
おねがいだ、一緒にあの子を喜ばせようよ」
「なにバカなこといってるんだ。
無駄なことはやめて、おとなしくしてるのがいいんだ」
それでもハコは毎日、パーティーの準備をつづけた。
夜になると飾りつけをして、朝になったらそっと外す。
そんなことのくり返しだった。
周りのロボットも、おもちゃたちも、あきれた目でハコをみていた。
そのうち、ロボットたちはしゃべることをやめてしまった。
このまま眠ってしまうほうがいいんだ。
そう思って、夜が1つ過ぎるたびに、
少しずつ口を閉じていった。
ハコは今日もパーティーの準備をつづけていた。
もう箱の中はきれいに飾りつけされていて、
それでもハコはうんうんと考えながら位置を変えたり、
ダンスの練習をしたりしていた。
(あいつ、大丈夫かなあ。またやってるよ)
(ほっとけよ。あいつは、オレたちがただのおもちゃだってこと、気付いてないんだ。
オレたちは、いつか忘れられて、捨てられる。
オレの友人だって、どんどんいなくなったさ。
それがふつうのことなんだ。
だからあいつも、早く目を閉じちまったほうがいいって、そのうち気付くさ・・・)
今日もハコは、夜じゅう座って、待っていた。
ときどき、どこか飾りつけが外れていないか、
ダンスは完璧か、確認しながら待っていた。
朝になろうとしたその時に、
一頭の一角獣のぬいぐるみがハコに話しかけた。
「ハコ、今日もやってるのかい?」
ハコはつかれた目で一角獣のほうをみた。
「うん・・・でも、今日もあの子がボクたちに気付くことはなかったよ。
みんなもボクの呼びかけに返事をしなくなっちゃった。」
ハコは座ったままうつむいて、ぽそりとつぶやいた。
「ボクにももう、わかってきたんだ。
もうずっとあの子がボクたちに笑いかけることはないのかもしれないって・・・」
「でもね、ボクにはこれができることぜんぶなんだ・・・」
「ボクは、きみのようなきれいなたてがみも、
他のロボットたちみたいにかっこいいレンズもメーターもなかったんだ・・・。
ほんとうはちょっとうらやましかった。
だけど、こんなぼくでも、だいすきなあの子のこと
笑わせてあげられるかもしれないって、本気で思ってたんだよ・・・。」
ハコはつかれてはてて、そのまま眠ってしまったようだった。
一角獣は、ハコを背にのせて、おもちゃ箱へと運んだ。
一角獣はその夜、ひっそりとみんなに話かけた。
「みんな、ほんとうにハコのやってることを
くだらないと思っているのかい?」
みんなは口を閉じたまま、じっと聞いていた。
ほんとうはみんなわかっていた。
自分たちの中にもちいさなわだかまりがあったこと。
ハコのことを、まっすぐな思いを今ももてることを、
うらやましいと思っていること。
ハコはずっと眠っていた。気がつくと、次の日の夜になっていた。
急いでパーティーの準備をすると、一角獣がいっしょに飾りつけをはじめた。
「ぼくにもやらせてくれるかい?」
ハコはうれしくてうれしくて、いっぱいうなづいた。
ハコがうごき出すと、いつもハコをからかっていた
2つのロボットがうごき出した。
「ハコ、おまえも、あきらめが悪いよなぁ」
そういいながらも、ロボットたちは一生懸命飾りつけをはじめた。
他のロボットも、どんどんうごき出す。
ハコはうれしくて、うれしくて、
だけどほんとは、できることならたくさん泣きたかった。
あの子はまだ気付かなかった。
それでもなぜか、みんな満たされた気持ちで、毎日毎日一生懸命準備をした。
いつあの子がきてもいいように衣装をきこんで、
決まった時間になると本番のようにダンスをはじめる。
ハコは踊っている間じゅうずっと、楽しみと不安でいっぱいだった。
今日はあの子がやってくるかもしれない。こんな素敵な時間をあの子と過ごせたら・・・。
でも、もしかしたらもうずっと、気付いてくれないのかもしれない。
こんな気持ちも、やってきたことも、ムダになっておわってしまうのかもしれない・・・。
それからどれくらいたっただろう。
今日もあと数時間で朝が来る。
ハコは、窓の外の月を見ていた。
今日は満月で、とてもきれいな白だった。
ハコは、毎日の準備につかれはてていた。
いけないことに、元の場所にもどらずに、
窓の傍で眠ってしまった。
その夜、ハコは夢をみた。
みんながパーティーをはじめている。
そこにあの子がやってくる。
みんなは、お互い大喜びして、でもどうしたらいいかわからなくて、精一杯の声でおかえりといった。
あの子は笑っていて、そして泣いていた。
忘れていたんだ。
あの子がそう呟いたように聞こえた。
裸足のまま、パジャマのまま、パーティーがはじまる。
ダンスチューンが響きわたる。
忘れてもいいよ。
ハコは笑っていた。
いつか思い出して。
それきり、ハコは、動かなくなった。
ハコは知らなかった。
その夜ほんとうにパーティーがあったこと。
知らないままだった。
それから、おもちゃたちは少しずつ口を閉じていった。
みんな色々なことを思っていた。
あの小さなロボットのはじめたことは、
いつのまにかみんなの世界を少しずつ変えていた。
気付けば、忘れられない思い出でいっぱいになった。
そして、みんなハコのことが好きだった。
長い長い年月が経って、
やがて捨てられるときがくるのに、
どうしてぼくたちはあきらめきれないんだろう。
ぼくたちはきみになにかしてあげることはできた?
ほんとうはずっと、忘れないでいてほしいんだけど、
たくさん荷物があって大変そうだから、
いつかまたほんの少し思い出してくれるといいな。
ぼくたちはいつでも待っているから。
ぼくたちのカタチがなくなっても、
きみが大人になってしまっても、
いつかまた巡り会えるって、信じてるから。
CLASSIC ROBOT PARTYへようこそ。